綴りかた日記

はてなダイアリ―から移行しました(2019.02)

薄紫の記憶を塗り替えて、街路で真っ先に咲く百日紅の濃桃色

体操やマッサージはごく簡単に。お白湯には前日と同じ組み合わせの石。昼食はお弁当を作らずにご飯だけ持ち出して、仕事場の近所でおかず調達のパターンにする。朝の支度を短時間に収めた分、少し早めに家を出て、余裕を持って移動できたのでよかった。
仕事も、時間が限られているのに手間がかかる用件が幾つかあったが、気を揉んだ割には順調と言えるようで、早目にできたり、ほぼ道筋がついた。複雑な手続きであっても、人の間を繋ぐルーティンの範囲に入る仕事と、状況を変えていく「働きかけ」に結びつきそうな新たなヒントをそこから得ることと、両方に関われている感触。
帰路、前日約束していたので、友人の仕事場に立ち寄った。友人が子供の頃、その近くで撮影された、古い記念写真などを見せてもらいながら、また不思議な手料理―枝豆、とうもろこし、赤いパプリカのオレンジソース煮とパンをご馳走になる。予定しているイベントや、その後の計画など、いろいろ真面目に話し合うべきことはあるのだが、何もかも、どこかが面倒で、友人と向き合ったり、或るいは少なくとも、向き合うにも至らずおざなりに相手に合わせる結果のために(本来の計画どおりなら、勉強の為の読書をすべきであろうに)貴重な時間を費やしてしまうことが、その面倒の筆頭のような感覚が突然湧き上がって来た。全面的に「正しい」直感なのか、それとも実は仕事で思ったより疲れていて思考ができなくなっているのか、いずれにしても友人に申し訳ないような気もするが自分の感覚が正当というだけかもしれないとも思え、混乱してさらに面倒な気分になる。
深夜の帰宅後、ひきだしの中で眠っていた煉瓦のようなアレッポのオリーブ石鹸をフィルム包装から取り出してゆっくり入浴する間は、新しく大きな石鹸の角の硬さと、肌に吸いつくようにしっとり滑らかな石鹸の泡の感触と、湯船に浸かっているうちに「不要なものが溶け出し、立ち上って、排水口へ流れていく」イメージだけが意識にある、やっと静かな時間になった。